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敬語―2

 第1課では敬語の基本的な使い方を見た。ここでは、もう少し複雑な使い方を見てみよう。敬語をどう使うかは「上か下か[I]」だけではなく、「内か外か[II]」でも決まる。「内」とは、自分の属しているグループを言う。家族や会社、学校、友人等だ。そして、「外」はそれ以外を言う。この「外」の人は「お客様」なので、丁寧な話し方をしなければならない。そのため、敬語を使うのだ。

 まだ「内」の会話の例として、A社の田中さんがA社の社長と話す場合を見てみよう。

社長さん: 今からちょっとB社に行ってくる。
田中さん: 何時ごろお帰りになりますか
社長さん: 会議までには戻るつもりだ。
田中さん: 2時ごろ戻られるんですね。では、至急お車ご用意いたします

田中さんは、目上である社長に尊敬語を、目下である自分に謙譲語を使っている。この会話は会社の中での会話なので、「上と下」の関係で敬語を使っているのだ。

 しかし、「外」の人と話す場合は、「外」の人に最も敬意を表さなければならない。そのため、「外」の人と話すときは、敬語の使い方が違うのである。「外」の人との会話の例として、C社の人からの電話をあげる。

C社の人: 社長さんいらっしゃいますでしょうか。
田中さん: 社長はただいま外出しておりますが…。
C社の人: ああ、そうですか。何時ごろ帰られますか。
田中さん: だいたい2時ごろだと申しておりました。社長が帰って参りましたら、こちらからお電話いたしましょうか。
C社の人: では、お願いいたします。

 このように、自分の会社の社長に謙譲語を使うことで、C社の人を高めるのである。つまり、いつも尊敬語を使う相手にも、「外」の人と話す場合は、謙譲語を使わなければならないのだ。

 敬語の働きは第一に尊敬を表すことだが、その他の働きを見てみよう。言葉は、使う人の教養を表すと考えられている。つもり、どんな言葉を話すかで、その人がどんな家庭に育ち、どんな教育を受けたかが分かるのだ、敬語を使うことで、「私は失礼な人間ではありません」「私は常識がある人間です」私は教養があります」「私は良い家に生まれました」等のメッセージを相手に送ることができる。逆に言えば、敬語を使うことができない(または使わない)人は、失礼で、常識や教養がない人間だと思われる危険性がある。そのため、学歴が高い人や良い家庭に生まれた人は、特に敬語を多く使いたがるのだ。そして、この理由で、社会的地位が上の人が下の人に敬語を使うことも少なくない。

教授: 「日本の歴史」という本がないんだけれど、どこにあるかご存じ
学生: すみません、私がお借りしておりました。持って参りましたのでお返しいたします。
教授: その本を図書館に返しておいてくださいますか。
学生: はい、承知しました。

 また、女性は男性より丁寧な表現を好むので、女性のほうが敬語をよく使う傾向がある。この傾向は日本だけではないらしい。女性のほうが男性より「他人から良く見られたい」と願うのは世界共通なのかもしれない。それに、丁寧な言葉を使う女性は「女らしい」と見られるのも理由の一つにあげることができるだろう。

 次に敬語の特殊な働きを見てみよう。「皮肉」である。デパートでの場合を考えてみよう。客が呼んでもなかなか来ない店員に、何と言うだろうか。

客: すみません、ちょっと来てください。

これは普通の言い方だ。しかし、次のように言った場合はどうだろうか。

客: 恐れ入りますが、もうそろそろおいでになっていただけませんでしょうか。

これは非常に丁寧なお願いではなく、とてもきつい皮肉である。極端に丁寧な表現は、皮肉にもなるのだ。このような使い方は、ドイツ語にもあるので、よく分かるだろう。

 くりかえして言うが、敬語を覚えることはあまり難しくない。集中して勉強すれば、形はすぐ覚えることができる。あとは必要なときに、すぐ使うことができるまで練習するだけだ。これがなかなか難しいのだが、使っているうちに、だんだん上手になる。日本人でも、敬語が完全にできるようになるのは、30才ぐらいだという研究もある。だから、なかなかできないと言ってあきらめる必要はないのである。

I   上か下か   „ob oben oder unten“
Das „oben“ bezieht sich auf die höhere soziale Stellung. Entsprechend bedeutet „unten“ eine niedrigere soziale Stellung.
II   内か外か   „ob innen oder außen“
„Innen“ heißt hier der eigene Bereich und deutet auf die Zugehörigkeit zur Gruppe des Sprechers. „Außen“ steht für den fremden Bereich.